夜が明ければこっちのものです。
男とは何事も無かったようにお別れし
公衆電話を見つけて友達に電話、ようやくの再会ができました。
再会後はほどなくして友達数人とタスマニア、レンタカー1周旅行をします。
このあたりは楽しさいっぱいで色々あったのですが書くとキリが無いので省略します。
ただ、この期間はとても良い体験、経験ができました。
楽しいことばかりではありません。些細なことで気まずい雰囲気にもなります。
それでも24時間行動は一緒です。お金も無いし。安い食パンとジャムが私たちの胃袋を支えてくれました。あの味は今でも覚えています(笑
2週間ほどのオンボロレンタカー貧乏旅行を終えた後、友達は本土へ。
さて、ここからです。わたしは何のためにオーストラリアに来たのか?
最初の目的は達成。。。。次は。。。なんだ?
とりあえずお金が無いのでバッパーでフリアコ(フリーアコモデーション)のバイトをしながら残り少ないお金を節約しつつ考えた結論。
お金が無ければ何もできない
ようやく気がついたか。
ということで、バイト探し。小さな街です。仕事なんてそうそう見つかりません。
ましてや英語もろくに話せませんからね。
そうとくれば出稼ぎしかない。地方の農園で働き手を募集しているとのこと。
連絡を取るとまだ募集してる!行けるぞ!
なけなしのお金でバスチケットを購入し、いざ!アップルピッキングへ!GO~
ワーキングホリデービザ年齢制限ギリギリで渡航するいわゆる”ギリホリ”。 3DCGアニメーターがカナダで次に見つける仕事は何でしょう? せっかくなのでブログで日々を綴ってみたいと思います。
2015年5月1日金曜日
オーストラリア その6 ~ワーホリ初夜 警察に世話になる~
最終便でなんとかホバートの空港に到着。
この時の時間は覚えていませんがだいぶ遅かった気がします。
といってもまだギリギリ人は起きている時間だし、街に行けば店もある。
友達もきっとそこにいるだろう(たぶん)。
友達からは「ホバートにいるよ」という有力な情報だけは聞いていたので
迷わずシャトルバスで街へ向かう。馬鹿一人。
(街っぽいところに)到着。着いたぁぁぁぁ!
おーぃ!着いたぞぉー!ホバートぉぉ!
おーぃ!
ぉーぃ。。。。。
誰もいない。車も走ってない。お店も。
。。。。暗いんですけど。
やばい。さみしい。。。
とりあえず宿を探そう。
あわよくばそこに友達がいたりして うふふ♪
宿1件目。入り口がわからない。
宿2件目。ピンポン押しても誰も出てこない。
宿3件目。今日は満室だって。
手持ちの宿情報が底をつきました。
ワーホリに限らず、海外旅行をする多くの人が手にする”地球の歩き方”。
それに限らずとも何かしらのガイドブックを持っているのが普通。
この馬 わたしは持ち合わせていませんでした。
ガイドブック代をケチった代わりに日本から情報をプリントしていきた紙切れが数枚。惨敗です。
可能性を信じて1件目の宿へ。玄関を探す。見つからない。
2件目ピンポン。出てこねぇ。
あー。。。あー。。。野宿かー。。。
バックパックみたいな大型バックを背負って移動していたのもあり
さすがに疲れてベンチに座り一息つきました。
時計を見ればもう深夜。そりゃ閉まるよね、こんな田舎だもの。
なんて思いながら座っていたら遠くの方から人影が。
遠くて分からないが何かを引きずりながらこちらへ向かってくる。
(こわっ。いや、ここは平常心。平常心)
(口笛をひゅるるるる~) ←吹けてない
。。。目の前を通り過ぎる
(ドキドキ。。。)
。。。何事も無く通りすぎる
(ふぅ、、、なんてこたぁないね)
。。。なぜかUターンして戻ってくる
(来るんじゃねぇぇぇ こうぇぇぇぇぇ)
男 「どうしたんだ?こんな遅くに」
わたし (いや、おまえこそ。。。)
「泊まるところが無くてね。。。」 ←ちょっとかっこつけてる
男 「そうか!同じだな!実は俺もそうなんだ!一緒に飲もうぜ!」
わたし (!?)「え、あ、、うん、いいけど。。。」
よく見てみればこの男、わたしと同い年くらいの欧米人。
引きずっていたのは欧米人らしくないキャリーバック。
その上に無造作に置かれていたダースのビール瓶を1本手渡してきて
男 「Cheers!(乾杯)」
(軽いなこの男。。。。。まいっか)
わたし 「ちあーっす!♪」
飲みながら話を聞いてみると、どうやらこの男。泊まってた宿でオーナーとケンカして
追い出されたそうです。
行く当ても無くフラフラしてたらわたしが目に入ったのだとか(笑
場所は忘れましたが本土のどっかに住んでいるオーストラリア人。
会話の内容なんてもう忘れましたが、わたしも不安だったので仲間が見つかりほっとした記憶があります。
といっても、宿無しの状況は変わってません。むしろ2人に増えてしまった。
そんな中、ポツポツと雨が降り出してしまいやむなく移動。
男 「ここだ!ここしかない!」
わたし 「ここ!?まじで?いいのここ?」
男 「大丈夫だ!問題ない!」
男が腰を下ろしたのはとある病院の緊急車両出入り口。
たしかに屋根はあるけど。。。まーいーか。こっちも緊急に変わりない。
ちょっとだけお邪魔します。
そう思い腰を下ろしたものの、なんか落ち着かない。
わたしが気にしたのは男がそこで残りのビールを飲み続けたこと。
雨宿りはしょーがないとしてここで酒盛りって。。。ちょっと。。。なんかなー。。。
そんなことを考えたらすぐに移動したくなってしまい、会話に集中できない。。。
横目で別の屋根を探す。。。
わたし 「!!あった!ねぇ、あそこにしよう!あそこに今晩お世話になろう!」
男 「え。。。まじかよ。。。正気かおまえ。。。」
わたし 「ちょっと待ってて!聞いてくるから!」
男 「え、おい、ちょっと待て。。。おぃ」
わたしが走って向かった先は交番。薄暗い中、建物の中に明かりが見えたのです。
(おまわりさんならなんとかしてくれるおまわりさんならなんとかしてくれる)
わたし 「すみませーーーーん。だれかいますかーーーーー」
※ちょっと省略
なんとかおまわりさんと話すことができた。
明るくなったら出て行く条件で中の簡易ソファで寝ることを許してもらいました。
わたし 「ねーいいって!泊まっていいってさ!」
男 「・・・お、おう。そうか。。。」
荷物を持って2人で交番へ向かう。。。。その途中
男 「おれ、やっぱいいわ、おまえ1人で行ってくれ」
そう言うと、早足で交番と反対方向へ逃走する男。
わたし 「いやいや、ちょ待て。2人お願いってもうおまわりさんに言っちゃったよ」
男 「!?何余計なこと言ってんだよ。。。マジかよ。。。おれ警察苦手なんだよ。。。」
いったいこいつは何をやってきたんだ?(笑
ボソボソ言いいながらも、なんだかんだで着いてくるし(笑
そんなこんなで人が変わったように無口になった男と2人でやさしいおまわりさんにお世話になり、
素敵なワーホリ初夜を明かしました。
今思えばどこよりも安全な宿だったなと思います(笑
翌朝は約束通り、明るくなったところで起こされ追い出されましたけどね。
この時の時間は覚えていませんがだいぶ遅かった気がします。
といってもまだギリギリ人は起きている時間だし、街に行けば店もある。
友達もきっとそこにいるだろう(たぶん)。
友達からは「ホバートにいるよ」という有力な情報だけは聞いていたので
迷わずシャトルバスで街へ向かう。馬鹿一人。
(街っぽいところに)到着。着いたぁぁぁぁ!
おーぃ!着いたぞぉー!ホバートぉぉ!
おーぃ!
ぉーぃ。。。。。
誰もいない。車も走ってない。お店も。
。。。。暗いんですけど。
やばい。さみしい。。。
とりあえず宿を探そう。
あわよくばそこに友達がいたりして うふふ♪
宿1件目。入り口がわからない。
宿2件目。ピンポン押しても誰も出てこない。
宿3件目。今日は満室だって。
手持ちの宿情報が底をつきました。
ワーホリに限らず、海外旅行をする多くの人が手にする”地球の歩き方”。
それに限らずとも何かしらのガイドブックを持っているのが普通。
ガイドブック代をケチった代わりに日本から情報をプリントしていきた紙切れが数枚。惨敗です。
可能性を信じて1件目の宿へ。玄関を探す。見つからない。
2件目ピンポン。出てこねぇ。
あー。。。あー。。。野宿かー。。。
バックパックみたいな大型バックを背負って移動していたのもあり
さすがに疲れてベンチに座り一息つきました。
時計を見ればもう深夜。そりゃ閉まるよね、こんな田舎だもの。
なんて思いながら座っていたら遠くの方から人影が。
遠くて分からないが何かを引きずりながらこちらへ向かってくる。
(こわっ。いや、ここは平常心。平常心)
(口笛をひゅるるるる~) ←吹けてない
。。。目の前を通り過ぎる
(ドキドキ。。。)
。。。何事も無く通りすぎる
(ふぅ、、、なんてこたぁないね)
。。。なぜかUターンして戻ってくる
(来るんじゃねぇぇぇ こうぇぇぇぇぇ)
男 「どうしたんだ?こんな遅くに」
わたし (いや、おまえこそ。。。)
「泊まるところが無くてね。。。」 ←ちょっとかっこつけてる
男 「そうか!同じだな!実は俺もそうなんだ!一緒に飲もうぜ!」
わたし (!?)「え、あ、、うん、いいけど。。。」
よく見てみればこの男、わたしと同い年くらいの欧米人。
引きずっていたのは欧米人らしくないキャリーバック。
その上に無造作に置かれていたダースのビール瓶を1本手渡してきて
男 「Cheers!(乾杯)」
(軽いなこの男。。。。。まいっか)
わたし 「ちあーっす!♪」
飲みながら話を聞いてみると、どうやらこの男。泊まってた宿でオーナーとケンカして
追い出されたそうです。
行く当ても無くフラフラしてたらわたしが目に入ったのだとか(笑
場所は忘れましたが本土のどっかに住んでいるオーストラリア人。
会話の内容なんてもう忘れましたが、わたしも不安だったので仲間が見つかりほっとした記憶があります。
といっても、宿無しの状況は変わってません。むしろ2人に増えてしまった。
そんな中、ポツポツと雨が降り出してしまいやむなく移動。
男 「ここだ!ここしかない!」
わたし 「ここ!?まじで?いいのここ?」
男 「大丈夫だ!問題ない!」
男が腰を下ろしたのはとある病院の緊急車両出入り口。
たしかに屋根はあるけど。。。まーいーか。こっちも緊急に変わりない。
ちょっとだけお邪魔します。
そう思い腰を下ろしたものの、なんか落ち着かない。
わたしが気にしたのは男がそこで残りのビールを飲み続けたこと。
雨宿りはしょーがないとしてここで酒盛りって。。。ちょっと。。。なんかなー。。。
そんなことを考えたらすぐに移動したくなってしまい、会話に集中できない。。。
横目で別の屋根を探す。。。
わたし 「!!あった!ねぇ、あそこにしよう!あそこに今晩お世話になろう!」
男 「え。。。まじかよ。。。正気かおまえ。。。」
わたし 「ちょっと待ってて!聞いてくるから!」
男 「え、おい、ちょっと待て。。。おぃ」
わたしが走って向かった先は交番。薄暗い中、建物の中に明かりが見えたのです。
(おまわりさんならなんとかしてくれるおまわりさんならなんとかしてくれる)
わたし 「すみませーーーーん。だれかいますかーーーーー」
※ちょっと省略
なんとかおまわりさんと話すことができた。
明るくなったら出て行く条件で中の簡易ソファで寝ることを許してもらいました。
わたし 「ねーいいって!泊まっていいってさ!」
男 「・・・お、おう。そうか。。。」
荷物を持って2人で交番へ向かう。。。。その途中
男 「おれ、やっぱいいわ、おまえ1人で行ってくれ」
そう言うと、早足で交番と反対方向へ逃走する男。
わたし 「いやいや、ちょ待て。2人お願いってもうおまわりさんに言っちゃったよ」
男 「!?何余計なこと言ってんだよ。。。マジかよ。。。おれ警察苦手なんだよ。。。」
いったいこいつは何をやってきたんだ?(笑
ボソボソ言いいながらも、なんだかんだで着いてくるし(笑
そんなこんなで人が変わったように無口になった男と2人でやさしいおまわりさんにお世話になり、
素敵なワーホリ初夜を明かしました。
今思えばどこよりも安全な宿だったなと思います(笑
翌朝は約束通り、明るくなったところで起こされ追い出されましたけどね。
オーストラリア その5 ~ワーホリ生活初日 なんとかタスマニアへ~
帰国後、ワーホリビザを申請してチケットを取って。。。普通ならしっかり準備を進めて行かれる方が多いと思います。
わたしの場合、
「急がなければせっかく前回仲良くなった友達がみんな帰国してしまう!」
そんな考えと焦りしかなかったのでとりあえずシドニー行きの安いチケットを取りました。
しかし目的地はシドニーではありません。友達と待ち合わせを約束していたのはタスマニア。
タスマニアはオーストラリア本土を離れて右下に位置する小さな島(と言っても北海道くらいのサイズはあります)。
タスマニアには確か日本からの国際線が無いので本土から国内線に乗り換えが(たしか)必要。
なので別で国内線のチケットを買う必要があります。
「国内線のチケット取るのめんどくさいな。。。んーいっか、行けば何とかなるっしょ」
お気楽すぎですね、この馬鹿は。
シドニーに着いたら早速インフォメーションに行き
わたし
「タスマニア行きのチケット買いたい!今日の便!」
受付のお姉さん
「今日ですか。。。。ありますけど最終便しかないですよ」
わたし
「ぜんぜん問題ないです!それください!」
受付のお姉さん
「$300です」
わたし
「!?。。。あー。。。ちょっと考えさせてください」
(正直このときの正確な金額は覚えてませんが、とてつもなく高く感じた記憶があります)
そもそもワーホリを計画していなかったわたし。当然のようにお金も1-2ヶ月貧乏生活が出来る程度しか持ち合わせていませんでした。
悩みに悩みましたが、ここでまた馬鹿が発動。
「(行けば、、、友達に会えばなんとかなる)すみません、さっきのチケットやっぱください」
行って友達に会っても現地に住んでるわけでもないですし。同じワーホリですからね彼らは。
この馬鹿はそんなことは考えない(ようにしている)。
なんとかチケットは取れました。夜まで待って最終便でタスマニアの州都ホバートへ向かいます。
わたしの場合、
「急がなければせっかく前回仲良くなった友達がみんな帰国してしまう!」
そんな考えと焦りしかなかったのでとりあえずシドニー行きの安いチケットを取りました。
しかし目的地はシドニーではありません。友達と待ち合わせを約束していたのはタスマニア。
タスマニアはオーストラリア本土を離れて右下に位置する小さな島(と言っても北海道くらいのサイズはあります)。
タスマニアには確か日本からの国際線が無いので本土から国内線に乗り換えが(たしか)必要。
なので別で国内線のチケットを買う必要があります。
「国内線のチケット取るのめんどくさいな。。。んーいっか、行けば何とかなるっしょ」
お気楽すぎですね、この馬鹿は。
シドニーに着いたら早速インフォメーションに行き
わたし
「タスマニア行きのチケット買いたい!今日の便!」
受付のお姉さん
「今日ですか。。。。ありますけど最終便しかないですよ」
わたし
「ぜんぜん問題ないです!それください!」
受付のお姉さん
「$300です」
わたし
「!?。。。あー。。。ちょっと考えさせてください」
(正直このときの正確な金額は覚えてませんが、とてつもなく高く感じた記憶があります)
そもそもワーホリを計画していなかったわたし。当然のようにお金も1-2ヶ月貧乏生活が出来る程度しか持ち合わせていませんでした。
悩みに悩みましたが、ここでまた馬鹿が発動。
「(行けば、、、友達に会えばなんとかなる)すみません、さっきのチケットやっぱください」
行って友達に会っても現地に住んでるわけでもないですし。同じワーホリですからね彼らは。
この馬鹿はそんなことは考えない(ようにしている)。
なんとかチケットは取れました。夜まで待って最終便でタスマニアの州都ホバートへ向かいます。
オーストラリア その4 〜学校〜
飛行機を乗り継ぎ、よーやく着いた場所はオーストラリア、ゴールドコースト。誰もが知ってる観光地。
出ませんよそんなもの。
友達と付き合っていくうちにほとんどのみんなが「ワーホリ」で来ていると。
なにそれ?
ここでワーホリ情報を得たわたし。学生ビザと違い、ワーホリは1年間何したっていい。
え?なにそれ?
ワーホリで来ている友達に比べて学生ビザで期間の短いわたしは皆より早くに帰る。さようなら…
「mory(わたし)もまたワーホリで戻ってくればいいじゃない」
ここがわたしのホームグラウンド。
この付近に例の知り合いが住んでいる。本人達には言えませんが、もうじーさんばーさんにあと一歩といった超アクティブなラブラブ夫婦。
老後はこんな夫婦生活できたらいーなー…と彼女もいない20歳そこそこの若造は思いました。
そんなラブリー夫婦の元でお世話になったのです。そう、ホームステイ。
ご飯も作って頂きました。まだまだ食欲旺盛なお年頃。カモーンお肉!オーストラリアと言えば〜?
オージービーフ♩オージービーフ♩
ご飯も作って頂きました。まだまだ食欲旺盛なお年頃。カモーンお肉!オーストラリアと言えば〜?
オージービーフ♩オージービーフ♩
出ませんよそんなもの。
だってお肉は健康的じゃないからね、野菜よ野菜。野菜を食べなさい。
そんな環境だったため、日本にいる時よりも健康な食生活と共に、近くにある大学付属の語学学校へ通い始めました。
ここで知り合った日本人の友達が、
「ホームステイ先が毎日肉ばっかりでもう飽きたー」と。
殴ってやろうかと思いました。
学校は英語力によってレベル分けされたクラスが用意されており、入学時のテストで配属が決まります。
英語が苦手なわたしは当然のように弱小クラスのLevel1。
ひたすら先生の優しい英語を覚えていく。不思議とあれだけ嫌いだった英語が少し楽しくなってきました。
まぁ、語学留学の形で来た以上はそれやるしか無いんですけどね。
ここでは3ヶ月ほどで日本へ帰る予定でしたが気が付けば延長延長で6ヶ月くらいいましたね。貯金が無くなる無くなる。
この時は「海外に行く!」が目標だったので学校でも多くの日本人と友達になりました。目的が「英語」では無かったので問題なかったのですが、もしも英語を真剣に学びたい方は出来るだけ当たり障り無い程度に日本人とは距離を置いた方が良いかもしれませんね。安心して飲み込まれると日本人とばかり遊んでしまうので。そうなると英語の伸び率が…
ただ、もう10年程経ちますがわたしがここで知り合った友達とはまだ連絡とってたまに会い、飲み、結婚式に参加し、そんな関係がこの先も長い付き合いになるでしょう♩
英語2割 遊び8割…はちょっと言い過ぎかもしれませんが、それくらいの気持ちで毎日を過ごしました。
そりゃ、楽しくないわけがありません。
友達と付き合っていくうちにほとんどのみんなが「ワーホリ」で来ていると。
なにそれ?
ここでワーホリ情報を得たわたし。学生ビザと違い、ワーホリは1年間何したっていい。
え?なにそれ?
ワーホリで来ている友達に比べて学生ビザで期間の短いわたしは皆より早くに帰る。さようなら…
は、さみしいな…
「mory(わたし)もまたワーホリで戻ってくればいいじゃない」
はい。行きます。戻ります。
こうして軽〜い気持ちでワーホリを決めたわたしはサクッと帰ってサクッとまたオーストラリアに戻るのでありました。
オーストラリア その3 〜いざ〜
決めた後は早い。
貯めてたお金に目標もできたし、足りないければ働けば良い。
ビザを申請、語学学校に入学届けを出す。ワーホリを知らなかったため、当然エージェントの存在も知らない。何とかかんとかで何とかなりました。
当時のパスポートを見て思い出したのですが、学生ビザで行く前にテンションを上げるため一週間ほどオーストラリアへ行くというとんでもなく贅沢なことをした記録が残っていました。
まだ飛行機という乗り物に乗ったことが無かったので、待ちきれずにとりあえず乗ってみたかったんでしょーね(笑)
しかし、贅沢ですねこの野郎。
バイト先の先輩と最後の記念にパチスロへ行こうと意気揚々に出掛け、普段なら負ける所を何故か勝つという。
なかなか良いお小遣いを手に入れ、いざオーストラリアへ!
オーストラリア その2 〜きっかけ〜
そもそも、わたしがなぜ海外へ行こうと思ったのかと聞かれると、これまたよくある自分探し的な部分が半分。もう半分は高校在学中から卒業までバイトして友達と遊んで…の繰り返しに楽しい反面どこかで将来に対して危機感を抱いてました。
みたいな事を誰かが言ってまして、
色々なことを経験か・・・それじゃぁ海外だ!留学だ!経験経験!
今思えば彼の言う経験とは、コミュニケーション能力など、仕事を円滑に進める上で人との対話能力がとても大事なんですよ、といった意味だったような気がします。
何かやらなくちゃ…
そう焦りつつも、CG関係の仕事につきたい思いは当時からありました。
ただ、わたしの性格上何かを始めるとそれだけになってしまう傾向が昔からあったため、
このまま専門、就職したら自由時間が無いな…というか、何も誇れるものが無いな…学歴も無いし…何か新しい経験、あまり人がしてない経験をしてから仕事を目指したいな…
このまま専門、就職したら自由時間が無いな…というか、何も誇れるものが無いな…学歴も無いし…何か新しい経験、あまり人がしてない経験をしてから仕事を目指したいな…
などと考えるようになりました。
CG関係のセミナーや学校見学もこの時いくつか行ったのですが、話の中で
「CGデザイナーとして技術や知識は大事ですが、人として多くを、色々なことを経験していることもとても大事です。」
「CGデザイナーとして技術や知識は大事ですが、人として多くを、色々なことを経験していることもとても大事です。」
みたいな事を誰かが言ってまして、
色々なことを経験か・・・それじゃぁ海外だ!留学だ!経験経験!
誰かは分からないが業界の偉そうな人が経験は大事だ!と言ってるんだから海外行ってもマイナスにはならないはずだ!
などと、彼の言う経験という言葉をそのまま直訳して自分に言い聞かせて決断しました。たしか。
今思えば彼の言う経験とは、コミュニケーション能力など、仕事を円滑に進める上で人との対話能力がとても大事なんですよ、といった意味だったような気がします。
それでもまぁ、結果的には多くを経験する中で人との関係がほとんどなのでこれもまた結果オーライでしたけどね。
そんな感じで海外行きを決断。
たまたま父親が若い頃にオーストラリアに行ったことがあり、その時の知り合いと連絡が取れたこともあって、じゃーオーストラリアにしよー
で、オーストラリア決定。
ただ、この時わたしはワーホリというビザの存在を知らず、ワーホリではなく学生ビザでオーストラリアへ行くのでした…
これが確か19歳の時。
オーストラリア その1 〜ワーホリ〜
ワーホリの経験というのは内容は人それぞれですがとても良い経験になるので迷っている人は行った方がいいよ!など、多くの経験者が口を揃えて言いますがわたしもそう思います。
実は今回のワーホリは2度目。
1度目は10年ほど前にオーストラリアへ行きました。色々ありましたが結果とても良い経験をしました。
だからこそ仕事を辞めてまでもう1度…となってる訳ですが(笑)
もちろん、人にはそれぞれ違った状況がありますからね。無理にでも行け!とは言いませんが。
楽しいことが多いのは確かだと思ってます。
もう古い話にはなってしまいますが、そんなオーストラリアの話を少しだけ書いておこうと思います。
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